【書評・要約】『良い戦略、悪い戦略』ルメルト|戦略と目標の違い

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「売上を前年比120%に」「顧客満足度の向上」。そう書かれた資料が、いつのまにか“戦略”と呼ばれている。リチャード・P・ルメルト『良い戦略、悪い戦略』は、良い戦略とは何か、そして目標を並べただけの悪い戦略がなぜ生まれるのかを解き明かす本だ。この記事では本書を要約し、戦略と目標の違い、悪い戦略の特徴、戦略の核となる3つの要素を表で整理する。

目次

結論:「戦略っぽい目標」を見抜けるようになる一冊

評価は★4.0。戦略論の本は多いが、本書の強みは「それは戦略ではない」と言い切る基準をくれることにある。フレームワーク集ではないので、明日使える分析手法を探している人には遠回りに感じるかもしれない。一方、目標・スローガン・施策リストが混ざった資料を前に「何かがおかしい」と感じている人には、その違和感に名前を付けてくれる。

  • 向いている人:事業計画や部門方針を作る・レビューする立場の人/「戦略は良いが実行がダメ」と言われる場面に居合わせることが多い人
  • 向かない人:SWOTや5フォースなど分析フレームの使い方を手早く知りたい人

良い戦略、悪い戦略/リチャード・P・ルメルト著、村井章子訳(日本経済新聞出版) 評価:★4.0

  • 良い戦略は単純明快。決定的な1〜2点を見極め、資源と行動を集中させる
  • 悪い戦略とは、目標が多すぎて行動に結びつく方針がない状態
  • 良い戦略には「いま何をすべきか」がすでに含まれている

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良い戦略とは:決定的な一点を見極め、資源を集中させる

本書は、トラファルガーの海戦でネルソン提督がとった戦い方から話を始める。数で劣るイギリス艦隊は、正面から撃ち合う定石を捨て、2列縦隊で敵艦隊の真横に突っ込んだ。敵の砲手の練度が低く、海のうねりも大きい。その条件なら先頭の船の危険は許容できる、と読んだうえでの一点突破だった。

良い戦略は必ずと言っていいほど、このように単純かつ明快である。

良い戦略、悪い戦略

ここでいう「単純」は、考えが浅いという意味ではない。状況を読み込んだ結果、打つ手が一つに絞られている状態のことだ。著者は戦略づくりの肝を、状況の中から「死活的に重要な要素」を見つけ、そこにヒト・モノ・カネと行動を集中させることだと繰り返す。全方位にそこそこ手を打つ計画は、どれだけ資料が分厚くても戦略とは呼ばない。

戦略の核(カーネル)とは:診断・基本方針・行動

本書は良い戦略の骨格を「カーネル(核)」と呼び、3つの要素に分ける。順番に並べると次のようになる。

要素中身チェックの問い(筆者の整理)
1. 診断いま何が起きていて、どこが本当の難所なのかを見極めるこの状況でいちばん厄介な障害は何か
2. 基本方針その難所にどう立ち向かうかの大きな方向を決める何をやり、何をやらないのか
3. 一貫した行動方針を実行に移す、互いに噛み合った具体的な行動明日から誰が何をするかが言えるか

※「チェックの問い」の列は、本書の3要素を自分の計画に当てはめるために筆者が整理したもの。

3つのうちどれが欠けても戦略にならない。診断がなければ方針は思いつきになり、方針がなければ行動はばらばらの施策リストになる。逆にこの3つがそろっていれば、資料が1枚でも戦略として機能する。

悪い戦略とは:目標が多すぎて、行動の方針がない

本書のタイトルにもなっている「悪い戦略」は、戦略がないことでも、失敗した戦略のことでもない。

悪い戦略では、目標が多すぎる一方で、行動に結びつく方針が少なすぎるか、まったくないのである。

良い戦略、悪い戦略

つまり悪い戦略は、ぱっと見では立派に見える。やりたいことは全部書いてあるし、言葉も前向きだ。ただ、それを読んでも誰の明日の行動も変わらない。著者は、悪い戦略がはびこるのは「分析や論理や選択を一切行わずに」戦略をこしらえようとするからだ、とも書いている。選ぶ作業を飛ばすと、目標の数だけが増えていく。

悪い戦略の4つの特徴

本書は悪い戦略の典型として、次の4つを挙げている。

  • 空疎である:もっともらしい言葉やスローガンを並べ、中身のなさを隠している
  • 重大な問題に取り組まない:本当の難所を特定せず、避けて通っている
  • 目標を戦略と取り違えている:「こうなりたい」を書いただけで、どうやって達成するかがない
  • 間違った戦略目標を掲げている:目標が多すぎて焦点がない、または実現の見込みがない

4つに共通するのは、決定的な一点を「選んでいない」ことだ。前の章の良い戦略と、ちょうど裏返しの関係になっている。

戦略と目標の違い

中でも身近なのが3つ目の取り違えだ。著者は「「実行面に問題がある」と嘆く経営者は、たいていは戦略と目標設定を混同している」と指摘する。実行がうまくいかないのは現場の力不足ではなく、そもそも何をすべきかが書かれていないから、という見立てだ。

目標戦略
答える問いどこへ行きたいかどうやってそこへ行くか
書き方の例「シェアを伸ばす」「満足度を上げる」「◯◯という難所に対し、△△に絞って資源を集める」
読んだ人の反応「頑張ろう」で終わる「では自分は何をやめ、何をやるか」が決まる
数の目安増やしやすい絞るほど強くなる

※比較表は本書の主張をもとにした筆者の整理。

良い戦略には「いま何をすべきか」が含まれている

良い戦略かどうかを見分けるいちばん簡単な方法は、読んだあとに行動が決まるかどうかだ。本書は、細かい実行手順まではなくても「いま何をすべきか」がはっきり実現可能な形で示されていない戦略は「欠陥品」だとまで言う。

そして、行動を絞るということは、それ以外を断るということでもある。

良い戦略に必要なのは、さまざまな要求にノーと言えるリーダーである

良い戦略、悪い戦略

組織の中では、どの部署の要望ももっともらしい。全部を少しずつ入れると角が立たないが、その瞬間に戦略は目標の寄せ集めに戻ってしまう。集中とは、何をやるかより先に何をやらないかを決める作業なのだと、この一文は教えてくれる。

もう一つ、本書には「「成功要因を挙げよ」と言われると、競争相手のことはほとんど忘れてしまう」という指摘もある。自社のやりたいことだけを並べると、相手がいる勝負だという前提が抜け落ちる。診断の段階で競合の動きを入れておかないと、方針がどれだけ明快でも的を外す。

不確実なときの戦略:足場を固め、選択肢を増やす

先が読めない状況では、戦略など立てても無駄だ、という声もある。本書の答えは逆で、不確実なときほど打つ手の性質を変えるべきだという。

将来が不確実であるほど、遠くを見通すよりも「足場を固めて選択肢を増やす」ことが重要になる

良い戦略、悪い戦略

著者はこれをチェスの名手にたとえる。名手の手の多くは、自分の駒が動ける範囲を広げ、相手の駒の動ける範囲を狭めるためのものだ。遠い未来を当てにいくのではなく、次に何が起きても有利に動ける位置を取っておく。ただし「その場の状況に応じて決める」だけなら戦略の名に値しない、とも念を押している。準備と臨機応変のバランスをとること自体が戦略の仕事だ。

有利な位置の取り方について、本書は「高地」という比喩も使う。戦略論の研究はどの高地が有利かを説明するのは得意だが、その高地をどう奪うかが抜け落ちがちだという。そして「簡単に手に入る高地は、簡単に陥落するものだ」。他社がおいそれとまねできないリソースは、時間をかけて築くしかない。

戦略的に考えるための3つの習慣:リスト・自己批判・記録

本書の終盤は、戦略を立てる人の頭の使い方に話が移る。目先のことや最初の思いつきに流されないために、著者は3つの習慣を勧めている。

  1. リストを作る:認識の限界を補い、問題の緊急度や重要度を比べられるようにする
  2. 自分の判断に疑義を出す:自分で自分の案を攻撃してみる
  3. 重要な判断を記録する:あとで事後評価し、反省材料にする

2つ目について、本書の言い方はかなり厳しい。

自分からの攻撃にすら耐えられないような論拠は、現実の競争に直面したらあっさり崩壊してしまうだろう。

良い戦略、悪い戦略

戦略は、出した瞬間から競合や環境の反撃を受ける。社内で通すための論理と、市場で生き残るための論理は別物だ。だから、まず自分が一番の批判者になる。3つ目の記録の習慣も同じ方向を向いていて、判断を残しておけば「当たった・外れた」を後から検証でき、次の診断の精度が上がっていく。

類書との比較(筆者の整理):戦略の本はどう読み分けるか

戦略や問題設定を扱う本は多く、どれから読むか迷いやすい。このブログで紹介している本と並べると、守備範囲は次のように分かれる。

良い戦略、悪い戦略なぜ「戦略」で差がつくのか。論点思考ZERO to ONE
中心の問いそれは本当に戦略か目的・戦略・計画をどう分けるかどの問いを解くべきかどこで独占を築くか
主な読者戦略を作る・評価する人マーケティングの実務者課題を振られる立場の人起業家・新規事業の担当者
キーワード診断・基本方針・行動/集中目的と戦略の区別/資源配分論点=解くべき問題競争ではなく独占
向いている悩み計画が目標の羅列になる施策が戦略なしに増えていく頑張っているのに成果がずれる小さく始めて大きく勝ちたい

※比較は各書の広く知られた主張と、このブログの各書評の内容にもとづく筆者の整理。

『なぜ「戦略」で差がつくのか』との違い

いちばん近いのは、音部大輔さんの『なぜ「戦略」で差がつくのか。』だ。どちらも「目的(目標)と戦略は別物」という点で一致している。違いは視点で、ルメルトは経営戦略の大きな構図から「悪い戦略」を診断し、音部さんはマーケティングの現場で目的・戦略・計画をどう書き分けるかを具体的に扱う。本書で「目標と戦略の違い」に納得したら、次に自分の仕事に落とし込む道具として音部本を読む、という順番が使いやすい。

論点思考・ZERO to ONE とのつながり

カーネルの1つ目、「診断」で難所を見極める工程は、『論点思考』(内田和成)が扱う「解くべき問題を決める」作業とほぼ重なる。診断が苦手だと感じたら、論点思考で問いの立て方を補うとよい。

また「有利な高地を、まねされない形で取りにいく」という発想は、『ZERO to ONE』(ピーター・ティール)の「競争ではなく独占を目指せ」「小さな市場から始めよ」とも響き合う。ルメルトが戦略の良し悪しを見分ける物差しをくれる本だとすれば、ティールはどこに集中すべきかについて一つの強い答えを示す本だ。

なお、ルメルトにはその後の著作として『戦略の要諦』もある。本書の考え方が気に入ったら、あわせて手に取ってみるとよい。

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よくある質問(FAQ)

Q. 良い戦略とは?
状況の中から決定的に重要な1〜2点を見極め、そこに資源と行動を集中させる、単純で明快な方針のことです。本書では、診断・基本方針・一貫した行動の3要素(カーネル)を持つものとされています。

Q. 悪い戦略の特徴は?
目標が多すぎる一方で、行動に結びつく方針がない状態です。本書は典型として、空疎であること、重大な問題に取り組まないこと、目標を戦略と取り違えること、間違った戦略目標を掲げることの4つを挙げています。

Q. 戦略と目標の違いは?
目標は「どこへ行きたいか」、戦略は「どうやってそこへ行くか」です。本書は、「実行面に問題がある」と嘆く経営者の多くは戦略と目標設定を混同している、と指摘しています。

Q. 『良い戦略、悪い戦略』の要約は?
良い戦略は単純明快で、決定的な要素を見極めて資源を集中させるもの。悪い戦略は目標の羅列で、行動の方針がない。良い戦略には「いま何をすべきか」がすでに含まれている、というのが本書の骨子です。

Q. 難しいですか?
400ページを超える厚さですが、軍事や企業の事例を使って説明されるので、数式や専門的な分析手法の知識は不要です。第1部の「良い戦略と悪い戦略の違い」だけでも要点はつかめます。

Q. 『なぜ「戦略」で差がつくのか。』との違いは?
どちらも目的と戦略を区別する点は共通です。本書は経営戦略の視点から悪い戦略を見抜く基準を示し、音部大輔『なぜ「戦略」で差がつくのか。』はマーケティングの実務で目的・戦略・計画を書き分ける方法を扱っています。

まとめ

『良い戦略、悪い戦略』が突きつけるのは、戦略の価値は書かれていることの多さではなく、選んで捨てたことの多さで決まる、という事実だ。目標を並べるのは簡単で、誰も傷つかない。難所を名指しし、そこに賭けると決め、それ以外にノーと言う。その不自由さを引き受けた計画だけが、戦略と呼ぶに値する。手元の計画を「これは目標か、戦略か」という問いにかけてみたくなったら、本書が物差しになる。

良い戦略、悪い戦略/リチャード・P・ルメルト著、村井章子訳(日本経済新聞出版) 評価:★4.0

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