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広告、店頭、価格、製品改良。どれも単体では筋がよさそうなのに、並べてみると噛み合っていない。パーセプションフロー・モデルは、このちぐはぐさを「消費者の認識(パーセプション)の変化」という1本の軸でつなぎ直すための設計図だ。音部大輔『The Art of Marketing マーケティングの技法』は、このモデルの考え方・つくり方・検証の仕方を1冊かけて解説する。この記事では要点を整理し、ベネフィットと機能の違い、知覚刺激とは何か、類書との使い分けまで見ていく。
結論:施策を「全体最適」で組み直したい人の教科書
評価は★4.0。著者はP&G、ダノン、ユニリーバ、資生堂などでマーケティングを率いてきた人物で、本書は「日本マーケティング本 大賞2022」の大賞にも選ばれている。304ページと厚く、軽く読める本ではない。ただ、施策ごとに部分最適になってしまう悩みに対して、ここまで具体的な道具を渡してくれる本は多くない。
- 向いている人:複数の施策を束ねる立場のマーケター/ブランド担当/「認知はあるのに売れない」の原因をつかみたい人
- 向かない人:広告運用やSNSなど、個別チャネルのテクニックをすぐ知りたい人
The Art of Marketing マーケティングの技法―パーセプションフロー・モデル全解説/音部大輔(宣伝会議) 評価:★4.0
- 消費者の認識(パーセプション)の変化を軸に、4Pの全活動を1枚の設計図にする
- ベネフィットは主語が消費者、機能は主語がブランド
- 「買ってください」という命令ではなく、認識を動かす「知覚刺激」を設計する
パーセプションフロー・モデルとは:「どう売るか」から「どう欲しくなるか」へ
本書の定義では、パーセプションフロー・モデルは「消費者の認識(パーセプション) 変化を中心としたマーケティング活動の全体設計図」。製品・価格・流通/店頭・施策という4Pの全活動を1枚に描き込み、それぞれが的確に配置され、連携しているかを確かめるために使う。
消費者の視点から「どのように欲しくなり、満足するか」を考え、可視化します。
The Art of Marketing マーケティングの技法
ポイントは主語の切り替えだ。「どう売るか」を考えている限り、視点は製品・流通・販売といった売り手側にある。本書はこれを、消費者が知って、試して、満足して、また買うまでの頭の中の変化に置き換える。施策の良し悪しも「その施策は、消費者のどの認識を、どう変えるためのものか」で測れるようになる。
個々の施策を磨くことと、施策どうしを連携させることは別の仕事だ。前者が得意な人ほど後者を見落としやすい。本書の価値は、この「連携」を目に見える形にする道具を渡してくれる点にある。
ベネフィットと機能の違い:主語で見分ける
本書でいちばん実務に持ち帰りやすいのが、ベネフィットと機能の見分け方だ。
ベネフィットの記述は主語が消費者で、機能の記述は主語がブランドです。
The Art of Marketing マーケティングの技法
「ファブリーズがどういったものか」が機能で、それを使うと「あなたはどのようないいことを経験するのか」がベネフィット。本書は、ベネフィットの訴求のほうが「自分ごと化しやすく、高い関与度につながります」と書く。機能はベネフィットを体感させるための手段であって、購入理由そのものではない。
| 機能・性能 | ベネフィット | |
|---|---|---|
| 主語 | ブランド・製品・成分 | 消費者 |
| 答える問い | それはどういうものか | 使うと自分にどんないいことがあるか |
| 本書での位置づけ | ベネフィットを体感させる、もっとも直接的な手段 | 消費者が欲しい・使いたいと思う理由(主たる購入理由) |
| 書き方の例 | 「布製品のニオイを取る」 | 「部屋がニオわなくなる」 |
※「書き方の例」は本書のファブリーズの事例をもとにした筆者の整理。
自社の訴求文を点検するときは、主語を書き出してみるだけでいい。主語が製品のままなら、それは機能の説明にとどまっている可能性が高い。
コマーシャルイノベーションとは
このベネフィットの考え方を売上につなげるのが「コマーシャルイノベーション」だ。本書の定義は、既存の製品を大きく変えずに「ターゲット消費者を明確にし、ベネフィットの訴求を強化することで、売り上げ増加を目指すイノベーション」。製品を作り直さなくても、誰に・何のいいことを語るかを変えれば市場は動く、という主張だ。
象徴的なのが除菌の事例。除菌をどれだけ魅力的に語っても動かなかったとき、著者たちは「「除菌」を魅力的に語るのではなく、除菌が魅力的にみえる「状況」を見つければいい」と発想を変えた。言い回しを磨くより、その価値が切実になる場面を探すほうが効く。訴求が伸び悩んだときに立ち返りたい視点だ。
知覚刺激とは:命令ではなく認識の変化を促す
パーセプションを動かすものを、本書は「知覚刺激」と呼ぶ。広告やニュース番組、店頭の表示など、「消費者に知覚され、メッセージが解釈されてパーセプションの変化につながる活動は、すべて知覚刺激」だ。
消費者に対して丁寧な命令は機能しなくても、パーセプションの能動的な変化を促す知覚刺激の提供は可能
The Art of Marketing マーケティングの技法
「ファブリーズを買ってください」は、どれだけ丁寧に言っても命令でしかない。一方、「部屋がニオうのは嫌だ」と思っている人に「布のニオイをとるので、部屋がニオわなくなる」と届ければ、相手の中で「買えば解決しそうだ」という変化が起きる。人を直接動かすのではなく、自分で動きたくなる認識をつくる。これが本書のいう知覚刺激の役割だ。
同じ発想は【認知】の段階にも及ぶ。考えるべきは「いかに注目されるか」ではなく「消費者が抱える問題のよりよい解決策を、いかに探してもらうか」。関心の低さを広告の量で補うのではなく、消費者がメッセージを受け取りたくなる仕組みをつくる、という順番になる。
「再購入につながらない」を疑う:満足から逆算する
ファネルの数字を見ていると、「認知はあるのに試用につながらない」「購入はあるのに再購入につながらない」と考えがちだ。本書はこのとらえ方そのものが間違っている可能性を指摘する。むしろ「【再購入】につながらない【購入】が起きている」のかもしれない、と。
本来はどうしたら【満足】してもらえるか、と考えるべきです。
The Art of Marketing マーケティングの技法
次の段階に進ませる施策を足す前に、そもそも満足しない人を連れてきていないかを疑う。本書は、試用した人に満足を実感してもらう時系列の順番を正攻法としつつ、満足しそうな人に試用してもらうという逆側からのアプローチが効くこともあると書く。
| よくある問いの立て方 | 本書に沿った問い直し(筆者の整理) |
|---|---|
| 認知はあるのに、なぜ試用されないのか | 試用につながらない認知を生んでいないか |
| 購入はあるのに、なぜ再購入されないのか | 満足しない人に買わせていないか |
| どうしたら再購入されるか | どうしたら満足してもらえるか |
| 試用者をどう満足させるか | 満足しそうな人にどう試用してもらうか |
ターゲット消費者の選び方が成否を分ける、という本書の主張はここにもつながっている。満足する人を選んで連れてくれば、再購入は後からついてくる。
施策の振り返り方:「仕組み」と「働きかけ方」で因果を説明する
本書が地味に強いのが、振り返りの章だ。活動の振り返りで学ぶべきは「もし、もう一度やり直せるなら、どのように変えますか?」への答えであり、理解すべきは「仕組み」と「働きかけ方」の2点だという。
どこにどのくらいハズれたのかは分からない、という状態では、失敗からうまく学ぶことはできません。
The Art of Marketing マーケティングの技法
これは成功にも当てはまる。「増量パック企画で売上が伸びた」で終わらせると、次も効くのか、たまたま競合の失策に助けられただけなのかが分からない。本書は、現象と現象のあいだに「消費者の行動やパーセプションの変化」と「その変化をもたらした知覚刺激」をはさんで説明せよという。年末に家庭内の在庫を増やす消費者がいて、「年末年始に使い切ったら面倒だ」という認識があったから増量パックが効いた、と説明できれば、次の年末にも使える打ち手になる。
戦略を1文で書くテンプレート
本書には、戦略の叩き台を1文で描くテンプレートも出てくる。長期的な収益目標を達成するために、期限までに、収益目標を再解釈したKGIを実現するべく、優勢な資源を活かした方針に集中する——という骨組みに、自ブランドの中身を書き込む型だ。著者は、ここにターゲット消費者を書き込むことも有効だとしている。
3%の「誤差」に市場が隠れている
もう一つ印象に残るのが量的調査の話だ。300人ほどの調査では、熱狂的な支持者が3%いても「誤差」として扱われ、レポートに載らないことさえある。しかし本書の試算では、5,000万世帯の3%が3カ月ごとに400円の商品を買えば年間24億円になる。全体の平均だけを見ていると、この規模のニーズを拾い損ねる。
類書との比較(筆者の整理):『なぜ「戦略」で差がつくのか』『顧客起点マーケティング』とどう違うか
| マーケティングの技法 | なぜ「戦略」で差がつくのか | 顧客起点マーケティング/N1分析 | |
|---|---|---|---|
| 中心のテーマ | 消費者の認識の変化を軸に、全施策を1枚の設計図にする | 戦略とは何か、戦略と計画の違い | 一人の顧客を深く理解し、そこから戦略と施策を組み立てる |
| 主な道具 | パーセプションフロー・モデル、知覚刺激 | 戦略の定義、問題の定義と再解釈 | N1分析、顧客の行動と心理の分解 |
| 向いている悩み | 施策どうしが噛み合わない | 計画はあるのに方向性がぶれる | 顧客像がぼやけ、アイデアが平凡になる |
※比較は各書の広く知られた主張と、当ブログの各書評の内容にもとづく筆者の整理。
『なぜ「戦略」で差がつくのか』との違い:同じ著者の前作
同じ音部大輔の『なぜ「戦略」で差がつくのか』は、戦略と計画の違いや、目的を達成するために資源をどう使うかという「戦略そのもの」を扱う本だ。本書は、その戦略を消費者の認識の変化に落とし込み、4Pの施策まで一貫させるための設計図を扱う。前作で戦略の考え方を押さえ、本書で施策の組み立てに進む順番が読みやすい。本書の「戦略を1文で書くテンプレート」は、2冊の橋渡しになる部分だ。
『顧客起点マーケティング』『N1分析』との違い
西口一希の『顧客起点マーケティング』や『ビジネスの結果が変わるN1分析』も、P&G出身の著者が「売り手ではなく顧客から考えよ」と説く点で本書と近い。違いは入口だ。西口氏の2冊は、一人の顧客の行動と心理を深く掘り、なぜ買うのかを言語化するところから始める。本書は、消費者の認識が段階ごとにどう変わるべきかを先に描き、そこへ施策を配置していく。顧客理解の解像度を上げたいなら西口氏の2冊、理解した顧客像をもとに施策全体を設計したいなら本書、という使い分けになる。
当たった施策を「なぜ当たったか」まで分解する、外れ値から兆しを拾うといった論点は、本書の振り返りの章や「3%の誤差」の話とも重なる。あわせて読むと、顧客理解と全体設計がつながって見えてくる。
パーセプションフロー・モデルとカスタマージャーニーの違い
よく比べられるのがカスタマージャーニーだ。カスタマージャーニーマップは一般に、顧客の行動や接点を時系列に並べて体験を描く手法として使われる。パーセプションフロー・モデルは、行動に加えて「その段階で消費者が何を認識しているか」と「その認識を変える知覚刺激は何か」を中心に置き、4Pの全活動の配置まで扱う点に重心がある。行動の地図というより、認識を動かすための設計図と考えると違いがつかみやすい(この対比は筆者の整理)。
あわせて読みたい
- 『なぜ「戦略」で差がつくのか』音部大輔——戦略と計画の違い、資源をどう使うかという戦略の考え方
- 『顧客起点マーケティング』西口一希——具体的な一人の顧客から戦略と施策を組み立てる
- 『ビジネスの結果が変わるN1分析』西口一希——顧客自身も気づいていない潜在ニーズをN1から掘り出す
よくある質問(FAQ)
Q. パーセプションフロー・モデルとは?
消費者の認識(パーセプション)の変化を中心に、製品・価格・流通/店頭・施策といったマーケティングの全活動を1枚に描く設計図です。「どう売るか」ではなく、消費者が「どのように欲しくなり、満足するか」から考えます。
Q. ベネフィットと機能の違いは?
本書では主語で見分けます。ベネフィットは主語が消費者で「使うとどんないいことがあるか」、機能は主語がブランドや製品で「それがどういうものか」を表します。ベネフィットの訴求のほうが自分ごと化しやすいとされています。
Q. 知覚刺激とは?
消費者に知覚され、メッセージが解釈されて認識の変化につながる活動のことです。広告や店頭表示などが含まれます。「買ってください」という命令は効きにくくても、認識の変化を促す知覚刺激は届けられる、というのが本書の考え方です。
Q. 『マーケティングの技法』は難しい?どんな人向け?
304ページと厚く、モデルの使い方からつくり方、検証の仕方まで扱うため、気軽に読める本ではありません。複数の施策を束ねる立場のマーケターやブランド担当者に向いています。
Q. 『なぜ「戦略」で差がつくのか』との違いは?
同じ著者の前作は戦略そのものの考え方を扱い、本書はその戦略を消費者の認識の変化に落とし込んで4Pの施策まで一貫させる設計図を扱います。前作から読むと流れがつかみやすくなります。
Q. パーセプションフロー・モデルとカスタマージャーニーの違いは?
カスタマージャーニーは顧客の行動や接点を時系列に描く手法として使われることが多いのに対し、パーセプションフロー・モデルは各段階の認識と、それを変える知覚刺激を中心に置き、4Pの全活動の配置まで扱います。
まとめ
『マーケティングの技法』が教えてくれるのは、施策の上手さより先に、消費者の頭の中で何が起きるべきかを決めよ、ということだ。主語を消費者に置き、命令ではなく認識を動かし、次の段階ではなく満足から逆算し、結果は消費者の変化で説明する。どれも一度聞けば納得できるが、目の前の数字に追われると真っ先に抜け落ちる。施策が増えるほど全体が見えなくなっていると感じたら、1枚の設計図に描き直すきっかけになる一冊だ。
The Art of Marketing マーケティングの技法―パーセプションフロー・モデル全解説/音部大輔(宣伝会議) 評価:★4.0
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