燃えよ剣(司馬遼太郎)
『燃えよ剣』は、司馬遼太郎が新選組副長・土方歳三の生涯を描いた歴史小説です。幕末という激動の時代において、土方歳三は武州多摩(現在の東京都日野市)に生まれ、剣術修行を経て新選組副長となり、近藤勇や沖田総司らと共に新選組を結成しました。
物語は、京都での治安維持活動や戊辰戦争を経て、函館での最期までを描いています。土方歳三は、冷徹な戦略家でありながら、仲間思いの一面も持つ人物として描かれており、その厳格な規律と情熱は、新選組を最強の剣客集団へと導きました。幕末という歴史的背景の中で、武士としての生き様を追求した土方歳三の物語は、現代を生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれます。
引用と学び
引用1:技ではなく度胸の差
「技の差ではない、度胸の差であった」
この言葉は、戦いにおける本質を示しています。幕末の京都で、新選組は数々の戦闘を経験しましたが、土方歳三は、技量の差ではなく、度胸の差が勝負を分けると悟ります。これは、実力があっても度胸がなければ発揮できないということを意味しています。
新選組は、幕府側の治安維持部隊として活動し、尊王攘夷派の志士たちと対峙しました。幕末という時代は、ペリー来航以降、開国を迫られた日本において、尊王攘夷運動や倒幕運動が活発化し、内戦状態に突入した混乱の時代でした。この時代、多くの志士たちが命を賭けて戦っていましたが、新選組はその厳格な規律と度胸によって、最強の剣客集団として名を轟かせました。
現代においても、技術や知識があっても、それを発揮するには度胸が必要です。困難な状況に立ち向かう勇気が、成功を分ける鍵となるのです。この時代背景を理解することで、新選組がどれほど困難な状況の中で戦っていたかがわかります。
引用2:新選組の厳格な規律と信念
「罪あるは斬る。怯懦なるは斬る。隊法を紊す者は斬る。隊の名を瀆す者は斬る。これいがに、新選組を富岳(富士山)の重きにおく法はない」
この言葉は、新選組の厳格な規律を示しています。土方歳三は、副長として、隊士たちに厳しい規律を課しました。罪を犯す者、臆病な者、規律を乱す者、新選組の名を汚す者は、すべて斬るという方針です。
新選組は、1863年に幕府側の治安維持部隊として結成されました。幕末の京都は、尊王攘夷派の志士たちが頻繁に活動し、治安が悪化していた時代でした。しかし、新選組は単なる治安維持部隊ではなく、規律と信念に基づいた組織として機能していました。この厳格な規律により、新選組は最強の剣客集団として名を轟かせました。
現代においても、組織の成功には、明確な規律と信念が必要です。富士山の重きのように、組織としての威厳と信頼を保つためには、規律を守ることが不可欠です。この時代背景を理解することで、なぜ新選組がそこまで厳格な規律を必要としたのかがわかります。
引用3:単純であることの美しさ
「しかし見ろ、この単純の美しさを。刀は、刀は美人よりもうつくしい。美人は見ていても心はひきしまらぬが、刀のうつくしさは、粛然として男子の鉄腸をひきしめる。目的は単純であるべきである。思想は単純であるべきである。新選組は節義にのみ生きるべきである」
この言葉は、土方歳三の美意識と人生哲学を示しています。刀という単純な道具の美しさを通じて、人生の目的や思想も単純であるべきだと説きます。新選組は、節義にのみ生きるべきだという信念は、複雑な思想ではなく、単純な信念に基づいています。
幕末の時代は、尊王攘夷や開国論など、様々な思想が入り乱れていました。薩摩や長州などは、倒幕を目指して活動していましたが、新選組は、そうした複雑な思想ではなく、単純な節義に基づいて行動しました。幕府側として活動し続けた新選組は、その単純な信念によって、最強の剣客集団として名を轟かせました。
この単純さが、新選組の強さの源泉でした。現代においても、複雑な思考に陥りがちですが、物事の本質は単純であることが多いものです。単純な目的と思想に基づいて行動することで、より強い力を発揮できるのです。この時代背景を理解することで、なぜ新選組が単純な節義を重視したのかがわかります。
引用4:漢の思案とはどうすることか
「どうなる、とは漢の思案ではない。婦女子のいうことだ。おとことは、どうする、と言うこと以外に思案はないぞ」
この言葉は、土方歳三の行動哲学を示しています。「どうなる」という結果を心配するのではなく、「どうする」という行動を考えることが、漢(おとこ)の思案だというのです。これは、結果を恐れるのではなく、行動を重視する思想です。
新選組は、幕末という混乱の時代の中で、常に行動を選択し続けました。1868年の戊辰戦争では、新選組は幕府側として戦いましたが、結果がどうなるかを心配するのではなく、今どう行動すべきかを考えました。この行動重視の思想が、新選組を最強の剣客集団へと導きました。
現代においても、多くの人は「どうなるか」を心配しますが、重要なのは「どうするか」を考えることです。行動を重視することで、結果も自然とついてくるのです。この時代背景を理解することで、なぜ新選組が常に行動を選択し続けたのかがわかります。
引用5:美しさを作るための一生
「男の一生というものは美しさを美しさを作るためのものだ、自分の。そう信じている。」
この言葉は、土方歳三の人生観を示しています。男の一生は、美しさを作るためのものであるという信念です。これは、物質的な成功や名声ではなく、美しさを追求することに価値を見出す思想です。
土方歳三は、新選組副長として、規律と節義に基づいた美しい組織を作り上げました。彼の人生は、美しさを追求する過程そのものでした。1869年の函館戦争で、新選組は最後の戦いを迎えましたが、函館で最期を迎えるまで、彼は自分の信念を貫き通しました。この時代背景を理解することで、なぜ土方歳三が最後まで自分の信念を貫き通したのかがわかります。
現代においても、人生の目的を何に置くかは重要です。物質的な成功だけでなく、美しさを追求することにも価値があります。美しさを作ることは、人生の意味を見出すことにつながるのです。土方歳三の人生は、この信念を体現したものだったのです。
引用6:死を覚悟した時、人は強くなる
「おらぁ、子供のときからずいぶんと喧嘩をしてきた。喧嘩てのは、おっぱじめるとき、すでにわが命ァない、と思うことだ。死んだ、と思いこむことだ。そうすれば勝つ」
この言葉は、土方歳三の戦いの哲学を示しています。喧嘩や戦いにおいて、最初から死を覚悟することで、人は強くなれるというのです。死を覚悟すれば、恐れるものはなくなり、すべてをかけて戦うことができるからです。
新選組は、幕末の京都で数々の戦闘を経験しました。池田屋事件など、新選組は多くの戦闘で勝利を収めましたが、その中で、土方歳三は、死を覚悟することで、最強の戦士となったのです。1868年の戊辰戦争や1869年の函館での戦いでも、彼は死を覚悟して戦い続けました。この時代背景を理解することで、なぜ新選組がそこまで強かったのかがわかります。
現代においても、困難に立ち向かうとき、死を覚悟するほどではないにしても、すべてをかける覚悟が必要です。中途半端な気持ちでは、大きな成果は得られません。すべてをかける覚悟を持つことで、人は本来の力を発揮できるのです。土方歳三の戦いの哲学は、現代においても重要な示唆を与えてくれます。
まとめ
司馬遼太郎の『燃えよ剣』は、新選組副長・土方歳三の生涯を通じて、幕末という激動の時代における武士の生き様を描いた歴史小説です。本書が示すのは、度胸の重要性、規律と信念の力、単純であることの美しさ、行動を重視する思想、美しさを追求する人生観、そしてすべてをかける覚悟の重要性です。
特に、「どうなるかではなくどうするか」という行動重視の思想や、「美しさを作るための一生」という人生観は、現代を生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれます。幕末という歴史的背景の中で、土方歳三が追求した生き様は、現代においても参考になる価値観です。
歴史小説としての魅力はもちろん、人生の指針としても読める、すべての人に読んでほしい一冊です。是非読んでください!!
また、司馬遼太郎の「坂の上の雲」についても以下の記事で紹介しています。ぜひご覧ください。
